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1箇月で読む「カラマーゾフの兄弟」喜びと苦しみのリアルタイム読書日記

最終回・手間がかかる子ほどかわいいカラマーゾフ 7月22日(火曜日)

うーん、正直に書くぞ、最後でずっこけた。
ここまで読んできて、この小説自体を否定しようなどという気はさらさらない。だが、ラストには、大いなる肩すかしを喰らってしまった格好。
「世界最高峰の文学よ、こんな終わり方していいのか!?」
そんな愚痴が思わず口をついてでた。

なんていうんだろう、2,000ページあまりの重厚な物語を読んだ行為に対する、カタルシスのようなものを期待していた。わずか63ページのエピローグで、できることは少ないだろうと予想はしていたが、それでも、ドストエフスキーは、例の込み入った文章でなんらかの感動的なラストを飾る仕掛けをしてくるにちがいないと思っていた。
それが、見事に裏切られた。

『カラマーゾフの兄弟』って、読むことに意義がある小説だと思うので、以下、書いてもいいだろう。あぜんとさせられる結末。読みたくない人は以下の何行か読まないでほしい。

シベリア送りになるドミートリーが、アメリカへ脱走するかもしれないという話はでた。だが、でただけで、結末はわからなかった。「信義」の人アリョーシャが、街をでて世俗にまみれ、カラマーゾフ的な「経済」と「色恋」に堕する可能性を示唆した。だが、示唆しただけで、結末はわからなかった。しかも、最後の最後を飾ったのは、かつてもっとも不要だと感じた挿話ででてきたコーリャという生意気な少年の、この一言。

「永遠に、死ぬまで、こうして手をとりあって生きていきましょう! カラマーゾフ万歳!」

なんじゃ、そりゃ、だ。

百歩ゆずって、付加する物語はもうなくてもよかったかも知れない。だが、せめて、これまでほとんどなにも語っていない主人公アリョーシャの長い深い独白のようなものがあり、それによってこれまでの物語の総括というか、まとめみたいなことをしてほしかったと思う。
当時の編集者は、なにをしとったのか?

嗚呼、最後だというのに、文句ばっかりとなってしまったな。

でも、わかってほしい。これは、深い愛情故なのだ。つまりは、この『カラマーゾフの兄弟』という小説に対し、「手間のかかる子ほどかわいい」というような意識が芽生えており、それ故の締めに対する批判、そうとっていただきたい。

ま、しかし、いずれにしてもだ、無事1箇月以内(実質29日間)で読書を終えられたことを、心から歓んでいるのは事実。齢49にして、とんでもない冒険を成し遂げた気分でいる。
こんな『1箇月で読む』なんて無謀な企画がなければ、まちがいなく一生読まずにいたことだろう。30年前の挫折を引きずったまま死んでいったことだろう。それが避けられたという事実はかなり大きい。これからの人生、ちょっと自信をもって歩めそうだ(一応、Book Japan編集長に感謝)。
もちろん内容が深く理解できたかといえば、大きな疑問符が付くわけだが、いいんじゃないか? この本は、先に書いたように、オリンピックじゃないけど、読むことに意義がある。自分にとっては、そんな感じがするのである。

最後に、これから読もうとしている人たちに、『カラ兄』読書のためのアドバイスめいたものを残しておきたい。

●なんだかんだいって、やっぱ、新訳がいいです。とくにこんな込み入った文章の場合は、ムダなストレスは排除しながら読んだほうが賢明です。漢字が極端に少ないので、その点における脳内活性はできないかも知れませんが、完読をめざすなら、二兎追うことは諦めましょう。

●つまづきやすいところは、第1巻の登場人物と時系列が入り乱れるところと、第2巻のイワンの独白、ゾシマ長老の述懐の部分です。そこさえ切り抜けられれば、あとは根性でなんとかやっていけます。というか、そんな辛い読書をした以上は、意地でも読み通さないと損な気分になります。第3巻あたりから、徐々に面白さも加わるので、その意地、通してみてください。

●主人公がアリョーシャだという意識は捨てて読んだほうがいいでしょう。彼自体は事件をなにも引きおこしません。ただ登場人物たちをうろうろ尋ねまわるだけです。いわば、狂言まわし。ま、彼が行くところに事件あり、といった感じで、彼自身にはあまり期待せずに読み進めましょう。

●これまで何度も書いてきましたが、とにかくストーリーに不必要と思える挿話がわんさとでてきます。うんざりします。ですが、これら挿話が、じつはあとのストーリーで生きてくる場合が多々ありますので、読み流しは厳禁です。

●これも、書いてきたことですが、ドストエフスキー、並の小説家じゃありません。読者の予想をことごとく裏切る展開を好みます。ミステリー仕立てとなっているところでは、ネタばらしもします。いちいち腹を立てず、読み進めましょう。

●筆者はなるべく解説などに目を通さず、なるべく素で読み切ることをめざしたわけですが、いかんせん、これは19世紀末のロシアの物語。途中、いろいろ調べないとリアリティをもって読めないという弊害にたびたび遭遇してしまいます。連載途中に、ブログのコメント欄に当時の1ルーブルが現在の円で、いくらぐらいかという目安をいただいたのは、だから、かなり助かりました。ストーリーの概要や論評はともかく、こういう細かい事実等については、調べながら読み進めたほうが無難かと思われます。

●また、すでに読んだ人で、好意をもっている人に、ある程度のガイドをもらうのは、読書を進める上での素晴らしい潤滑剤となる場合があります。筆者は、連載当初、ゴールデン街のパウロ橋本氏に、キリスト教的教養がなくても読み進められるとの勇気をもらいました。また、終盤、ロシア人のヴィクトリア嬢に、ロシア人でも難しいと感じられる本であることを教えられ、言外に大きな励ましをもらいました。多謝、多謝。

●あとは、そうだな、読書の季節を選ぶことと、家族の理解を得ることでしょうか。とにかく暑い時期は避けたほうがいいです。そして家族には、しかめっ面の毎日を赦してもらわないといけないです。

えー、以上です。
みなさま、長らくお付き合いいただき、まことにありがとうございました。
これから、通常の生活にもどろうと思います。

先日、Book Japan編集長が「次はさ、プルーストの『失われた時を求めて』なんて、どう? あるいは、ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』でもいいのかな?」などと、無茶なことをいっておりましたが、「すぐには無理です。死んでしまいます」と返し、丁重にお断りしておきました。

ということであります。長尺ものに挑戦したいという豪の人、Book Japan編集部へご連絡くださいね(本気ですって)。

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