6月28日(土)~6月29日(日)
とにかくこの小説、キリスト教的教養がないと、心底理解できないところが多々ある。
例えばカラマーゾフ兄弟の長兄ドミートリーのこの台詞。
〈「……美か! おれがおまけにがまんならないのは、別の最高の心と最高の知性をもった人間が、マドンナの理想から出発して、ソドムの理想で終わるってとこなんだな。それにもまして恐ろしいのは、ソドムの理想をもった男が、心のなかじゃマドンナの理想を否定もせず、むしろ心はまるでうぶなガキの時代みたいに、マドンナの理想に心から燃えているってことなんだ……」〉
一所懸命考えれば、なんとなくニュアンスはわかる。でも、やっぱり完全には理解し得ない。
読み進めれば読み進めるほど、そういう小さい不完全な理解が、まるで澱のように堆積し、心の中は不透明さを増していく。こうなるとストーリーへの興味がどだんだん萎んでいくことは明々白々。困ったものだ。
まずは聖書に親しみ、それからこの小説に臨んだほうがよかったのではないか、などと、いまさらながらのことを思う。
じつは、昨夜、難しい文学に明るい連中に、そこらへんをどう思っているのかも含め、『カラマーゾフの兄弟』の印象を聞いてみたく、新宿ゴールデン街に繰りだした。
1人目のインタビュー相手は、このブックジャパン上で超二枚目な書評を掲載し、好評を博している『鳥立ち』店主・中島雄人氏38歳。
「あのさ、中ちゃん、『カラマーゾフの兄弟』って、読んだことある?」
「うーん、『罪と罰』は読んだけど、『カラマーゾフの兄弟』は読んでないなあ。あれ、ぶ厚くてさ(苦笑)。……で、なに飲む?」
ガクッ(「あ、焼酎の水割りちょうだい」)。
次は、IT関連会社の社長で、飲み仲間の内では、知性的かつ博学の人として尊敬を集める小野篤氏54歳。氏はキリスト教徒でもあることから、望むべく論評が期待された。
が、「あー、あれね。……登場人物が多すぎて、話が複雑すぎて、挫折した」
はい、あっさりインタビュー終了。
なんというか、ゴールデン街も時代が変わったというべきなのか。
しかし、しかしである。最後に、意外な伏兵が潜んでいた。ゴールデン街の老舗『エスパ』の止まり木で隣に座った自称パンクスの橋本治氏40歳。名前がなんと現代日本の文豪の一人と目される作家と同じなわけだが、いつもの様子からして、ただの飲んだくれと踏んでいた一人である。
彼、よくよく聞けば、幼いころに洗礼を受け、パウルというホーリーネームをもっているんだとか。しかも『カラマーゾフの兄弟』は、高校時代以来、2度も読破したんだとか。うーむ、そりゃすごい。お見それいたしました!
「オレはですね、フジモトさん、高校時代に親に反抗してですね、アンチキリストの、無政府主義者になったんですよお(橋本氏、すでに泥酔している)。モヒカン頭で高校生やってたんですよお。だから、なんというか、ドストエフスキーは外国の作家の中では一番好きなんですよお。いまでも『カラマーゾフの兄弟』、もう一回ぐらいは、読みたいと思ってるくらいなんですよお」
「オレはですね、フジモトさん、女好きで無茶苦茶をやるカラマーゾフの長兄ドミートリーに激しくシンパシーを覚えたんですよお。だから、彼に倣って、オレも高校2年で好きでもない女とはじめてのセックスしたもんですよお(橋本氏、すでにかなり泥酔している)。ただ、あれ、ぜんぜんよくなかったんですよお。女のあそこがですね、グロテスクで、絶望したんですよお。まあ、いまのオレは、ぜんぜんそうは思いませんけど、当時はアンチキリストという思いのなかで、オレなりの俗世の美を求めていたんですよお」
「え、『カラマーゾフの兄弟』を読む前に聖書を読んでおいたほうがいいか、ですか? まあ、そりゃ読んだほうが、理解しやすいと思いますですよお。でも、オレはですね、フジモトさん、ドミートリーに注目していけば、聖書を読んでいなくても、それなりにストーリーが楽しめると思っているんですよお」
「で、オレはですね、フジモトさん、もしかしたら、『カラマーゾフの兄弟』を読み終わってから聖書を読むっていうのも、ぜんぜんありだと思うんですよお。つまり、そうすれば、聖書をよりよく理解できますから……」。
なるほど、聖書を読んでいないことを理由に、この読書をやめてはいけない、ということか。
さて、読書の進捗状況である。
昨日と今日で、第1部 第3編「女好きな男ども」を読み終え、ついに第一巻制覇。3,300ページ分の431ページだから、約13%まで終えたことになる。慶賀!
ただ、5日間で13%というのは、けっしていいペースとはいえない。これからポツポツ仕事も増えてくる気配もあり、重圧がのしかかる。
雨の日曜日。晴耕雨読とはいうけれど、月曜提出のコピー作成に時間と労力を費やし、読書への意欲まったくわかず。第2巻を前にして、本日の進行は0ページ。
ところで仕事中、ふと気付いたことだが、『カラマーゾフの兄弟』に登場する主要な人物たちは、ほぼ毎日仕事もせずに、宗教やイデオロギーに関する論争、資産や利権の奪い合い、さらには恋の鞘当てなどに夢中になっている。それぞれに秘められたテーマは非常にハードなものであったとしても、現代日本の過酷な一労働者にとっては、浮き世離れしたヨーロッパのサロン小説風の趣強く、なんだか鼻につく。「帝政ロシア時代の上流階級ってそんなもの。現代の自分に比して小説のつくりかたを云々いうのは愚の極み」といわれりゃ、まあ、そのとおりなんだけど、なかなかリアリティをもって読み進められないのは、そうしたフラストレーションも大きく関与しているのはまちがいない。
だから、これは、これから『カラマーゾフの兄弟』にトライしようとする人たちへの助言なのだが、読書をスムーズにするためには、「ぐだぐだいってないで、汗して働けよ、お前ら! 」って、一度怒るなどして、どこかで心のガス抜きを行うのがよいと思う。こちらは、さっきやっておいた。
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