少年は、十四歳で家出し、物乞いや盗みで生計を立て各地を放浪していた。
時は19世紀半ば、アメリカの開拓時代。あらゆる人種と言語が入り乱れ、荒野は暴力と野蛮と堕落に支配されていた。
行くあてのない旅の末、少年は、以前より見知っていた「判事」と呼ばれる二メートル超の無毛の巨漢の誘いで、グラントン大尉率いるインディアン討伐隊に加わった。哲学、科学、外国語に精通する一方で、何の躊躇もなく罪なき人々を殺していくこの奇怪な判事との再会により、少年の運命は残酷の極みに飲み込まれるのだった――。
アメリカ西部・メキシコの見渡す限りの広大な荒野、砂漠のなか、このインディアン討伐隊(頭皮狩り隊)はなぜこんな悪魔のごとき非道な行為に及ぶのか、人間も含めた自然の摂理とは果たしてどんなものなのか。それが『ブラッド・メリディアン』のテーマ。
台詞は地の文、そして心理描写なし。自然の描写や人間の行動がカンマ(読点)なし高密度で繰り広げられる、小説好きを驚愕させるであろうコーマック・マッカーシーだけの超絶技巧的文体(©訳者の黒原敏行氏)によって、繰り返しこのテーマが語られます。
極悪非道な所業に暗然とした気分に陥りつつも、優れた小説を読むことによってのみ得られる愉悦に浸ることができる希有な作品です。
今年これを読まずしてほかに何を読むのか。そう断言できる圧倒的な傑作。強くおすすめします。(BJ塚本)
1933年、ロードアイランド生まれ。トマス・ピンチョン、ドン・デリーロ、フィリップ・ロスと並び称される現代アメリカ文学の巨匠。大学を中退すると、1953年に空軍に入隊し四年間の従軍を経験。その後作家に転じ着々と評価を高め、<国境三部作>の第一作となる第六長篇『すべての美しい馬』(1992・ハヤカワepi文庫)で全米図書賞、全米批評家協会賞をダブル受賞。第九長篇『血と暴力の国』(2005)は、2007年度アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した映画《ノーカントリー》の原作となった。その後、2006年発表の『ザ・ロード』(早川書房)は、200万部超のベストセラーを記録し、ピューリッツァー賞を受賞。著者の名声を不動のものとした。
1985年発表の『ブラッド・メリディアン』は、《ニューヨーク・タイムズ》紙上で、著名作家の投票による過去四半世紀(2006-1981)のベスト・アメリカン・ノヴェルズの一冊に、また《タイムズ》誌による1923-2006年ベスト英語小説100の一冊に選出。少年と不法戦士たちの旅路を冷徹な筆致で綴る、巨匠の代表作。
『ブラッド・メリディアン』
著 コーマック・マッカーシー 訳 黒原敏行 2009年12月18日発売
定価 2310円(税込) 432頁 早川書房