――(以下、杉江松恋)今回の新作『私の家では何も起こらない』を大変面白く読ませていただきました。これは、恩田版ゴーストストーリーですよね。今までこうした作品がなかったというのが意外なくらい、作家とジャンルとの相性がいい。これ以上ふさわしい書き手はいないですよ。だから読み始める前に、逆にどんな趣向が凝らされているのかと、あれこれ妄想を膨らませてしまいました(笑)。最初にお聞きしてしたいのが、ゴーストストーリーを書かれたきっかけです。媒体が怪談雑誌の「幽」だから、ということで幽霊屋敷の話に決まったわけですか。
恩田 鶏が先か卵が先かっていうのはありましたけど、媒体が「幽」だっていうのは意識しました。怪談雑誌には和物とか実録怪談が多かったので「じゃあ一人くらい洋物やろうか」というのが念頭にあった。そもそも、私の書く幽霊屋敷だと必然的に洋物になるわけなんですよ。
――読書体験もそうでしょうしね。
恩田 はい、子供の頃から吸収してきたのはそうです。私の中にある幽霊屋敷で書いてみようか、ということは考えました。もしかすると「幽」で連載しなければ書かなかったかも知れない小説でしたね。連載のお話をいただいて、では、という。「幽」だったら幽霊屋敷を書こうと考えました。
――幽霊屋敷の小説というのは、日本ではそれほどメジャーなジャンルではないんですよね。
恩田 私の根っこにあるのはイギリス児童文学とか、アメリカ人ですけどバーネット『秘密の花園』なんだと思います。子供が大きなお屋敷にいって、そこの秘密に触れるという話が好きでした。そのへんが原点になっているんじゃないかなと思いますね。
――フィリッパ・ピアスやフランシス・ホジソン・バーネットの諸作を思い出しました。おっしゃるとおり児童文学の中には子供がどこかのお屋敷に行ってという出だしではじまる話が非常に多いですよね。
恩田 お屋敷を探検する、みたいな。
――それが恐怖のほうにふれなければ児童文学の探検の話になるわけですよね。主人公の目線の問題なのかもしれません。未知のものに対する接し方という。最初に児童文学といって思い出す作品は、やはりバーネットですか。
恩田 そうですね。『秘密の花園』ってものすごくインパクトがある作品だったので。ムーアの荒涼な光景が印象的でしたし、主人公が植民地時代のインドからイギリスへ行ってまったく違う文化の中に入っていくという点にも感銘を受けました。私は子供のころ転校が多かったので、心情的にそのへんを重ねていた部分があるのかもしれません。
恩田 本当にすごく小さなときです。小学校に入るか入らないかのころですよ。多分、岩波少年文庫で読んだんでしょうね。あの本の挿絵がけっこう気持ち悪いんですよ。全然かわいくなくて、子供が描いてあっても幽霊みたいに見える(笑)。その印象も結構あったと思います。
――読書体験のかなり初期の頃から、存在感のある屋敷という刷り込みがあったわけですね。
恩田 そうですね。もう一つは、ロアルド・ダール『チョコレート工場の秘密』も多分同じ頃に読んでいます。あれも何をやっているかわからない大きな工場の建物に入っていくっていう部分に惹かれたんですよ。あと、江戸川乱歩『パノラマ島綺譚』。最初は高階良子の漫画版で読んだはずです。みんな六、七歳で読んでいるはずです。その影響は大きかったですね。
――どうなんでしょう。恩田さんの中で、恐い玉手箱みたいな印象なんでしょうか。そういう大きなお屋敷にいくと、お話がどんどん出てくるという。
恩田 そうですね。どこかに訪れることで話が始まるという刷り込みがあるんじゃないですか。
お探しの書籍が見つからない場合は、boopleの検索もご利用ください。Book Japan経由でのご購入の場合、Book Japanポイントをプラスしたboopleポイントを付与させていただきます。