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トップページ > B.J.インタビュー > vol.8 格差・女子コミュニティー・母娘…アラサー女子のための『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』【辻村深月】

格差・女子コミュニティー・母娘
…アラサー女子のための『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』
【辻村深月】

── それって、現代女性なら大なり小なり、無視できない空気ですよね。

辻村 「自分には何もない」というのは、20代、30代の女子にとって何より怖いことなんですよね。そして田舎に住む女子にとって「何かある」というのは、仕事でキャリアを積むとかよりも、恋人とか結婚とか子どもなんです。それも、「30までにそれだけは何とかしなきゃ」という切迫感がものすごく強い。
実際、私が高校生くらいから現在に至るまでずっと、「何者かになりなさい」という圧力は感じていたように思います。ただそれも、自分の価値観云々以前に、負け犬だとか婚活だとか自分探しといった「言葉」が入ってきて、それに絡め取られてしまっている状況なんですね。本当なら、そこで競争しなくてよかった価値観のレースにまで無理矢理エントリーさせられているような。そのことにすごく違和感があったんです。
ですから、その正体は何なのか、きちんと書いてみたかったというのもあります。

そして、それを掘り下げていって見えてきたのが、“女子格差”です。地方では、女の子はパラサイトしているのが当たり前なんですよ。家を出るときは結婚するときで、女性の自立と結婚とが分かちがたく結びついている。だから、モテ格差があるということは、単に男性ウケしない、恋人がいないということ以上に、自分は自立できない、みんながふつうにできていることさえできないと思い知らされて、シビアにつらいんです。
しかも、そうして結婚「する」「しない」で振り分けられた格差を引っ張りながら、小さい頃から連綿と続いている共同体の中で生きるしかないのが、チエミのように地元に残った女子なんですね。

チエミとみずほ、対照的なふたりのヒロイン、ふたりの母

── チエミは、30歳になっても実家から出たことがなく、契約社員で、独身。みずほはいまは東京に暮らし、フリーライターという仕事もあり、結婚もしている。人生には分岐点があるけれど、チエミとみずほは、女子の分岐点という意味ではすごく対照的な二人です。

辻村 チエミは常に待ちの姿勢の女の子。チエミだけでなく、この小説に書いた地方の女の子たちはみな受動的な側面が強くて、「いつか誰かが何とかしてくれる」と選ばれるのを待っているわけです。一方、みずほは常に「自分で選ぶ」道をたどって来た人です。けれど、そのつど自分の母の生き方を否定してきたような、後ろめたい感覚にも囚われていたと思います。
なぜなら、チエミの母親は過保護、みずほの母親は教育ママ。ふたりの母親との関係は一見、対極のように思えますが、実は同じように依存し合っているからです。そういう意味ではそれが表面化するかしないかだけで、何も問題を孕んでいない母娘というのはどこにもないのかもしれません。

何か後悔があるときに、みずほは「あのとき、なぜああしなかったんだ」という自責の念を持つでしょう。でも、チエミはたぶん「あのときお母さんが教えてくれていたら……」「あのとき先生がこうしてくれてたら……」と人のせいにしてしまうと思うんですね。悔恨の情に駆られているのに、自分で責任が取れないチエミのような生き方って本当にやりきれない。そうした依存体質を生んでしまう源流はどこにあるのかと考えたとき、母娘の関係は切っても切り離せない背景なのだと確信したんです。

ギリシャ・ローマ神話には、父親殺しの話がよく見られますが、「母の愛は絶対である」という言説と同時に、本当は母殺しの話も書かれてこなくてはならなかったはずなんです。しかも、「息子」が母を殺すより、身体性を共有している「娘」が母を殺すパターンの方がハードルが高い。

私自身、母殺しが可能なのかどうか、まったくわからなかったので、その命題がスタート地点でした。もし殺すとしたら、どんなエネルギーがそこに介在し、どんな理由があれば踏み出せるのだろうか。その答えを、小説という装置を使って導き出せないだろうかと考え、仮定さえつかめないところから始めたんです。
約1年掛けて格闘し、この小説のクライマックスにあたる結論に帰着したんですが、たどり着いたのは自分でも思ってもみなかった地平でした。おそらく、「格差」「女子コミュニティー」「母娘」の3つが複雑に絡み合ってしまっているからだと思います。

女子の自意識を書かずにはいられない

──みずほは、辻村さんの小説によく出てくるタイプの女子ですね。自意識が高いけれど、それを周囲にわからせないよう気遣う頭の良さもある。女子の自意識を、辻村さんはどう捉えているのでしょう?

辻村 私が書くヒロインたちは「イタイことになりたくない」という自意識がいちばん強いと思うんです。みずほにしろ、理帆子にしろ、彼女たちは自分でちゃんと、「“自分酔い”してしまっている(自分に酔いすぎている)のはわかっている、でもその自覚はあるんだから許してよ」と一方では思っていて、けれど、そういう考え方が本当はどれほど傲慢なものか。そこまで知っているわけだから、非常にややこしい女子たちですね(笑)。ただ言えるのは、彼女たちはみな「せめて正しくあろう」と必死。それが、私が描いてきた女性たちに通底するメンタリティーなのかなあと思うんです。
それだけに、彼女たちには同族嫌悪的なところもあって、自分以外の登場人物が自分酔いしているのを見つけると、ものすごく攻撃的になりますね。独特の観察眼で「あなたが自意識高くやってるのはお見通しなのよ!」と、相手がひた隠しにしていたものまで見抜いてしまう。それを複数の視点を使ってちゃんと書こうとしたのが『太陽~』ですね。登場人物が代わる代わる語り手を務める構成になっていて、それぞれ自分の章では必死なんだけど、他の人には丸わかりだったみたいな。

辻村深月の著作 その【2】

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