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トップページ > B.J.インタビュー > vol.7 「そこのところ、どうなんですか? 穂村さん。」もう一度聞きたい。「どうして書くの?」【穂村弘】

「そこのところ、どうなんですか? 穂村さん。」
もう一度聞きたい。「どうして書くの?」
【穂村弘】

—— 山崎ナオコーラさんとの対談の中で、「渦を巻いている言葉の運動性」という表現が出てきます。なんとなくわかる気もするんですが、この「渦」というのを少し説明していただけませんか?

信号機の色ってほんとうは緑なのに「青」と呼ばれていますよね。みんななぜそれでかまわないと思っているかというと、あの信号の意味は社会的に限定されていて、青信号の意味は「赤でも黄でもない」ということ、それが意味のすべてだからです。赤信号の意味は「黄でも青でもない」がすべてだし、黄信号は「赤でも青でもない」。ところがある人が「あの信号機の青は、この町にあるすべての信号機の中で24番目に緑がかった青である」と言ったら、その人は気が狂った人か、詩人かなにかのように感じられる。その理由は、信号機の持つ社会的な意味を逸脱した情報をキャッチしているからです。その「逸脱をキャッチ」が、渦巻きにあたる部分。誰だって、月曜から金曜まで、会社に行く途中に見ている信号機と、週末に散歩している時と、旅先とでは、信号機の見方が多少は違っているでしょう? 物書きならもっとそっちに引っ張られて行くということです。

しかし、かといって自分が歯医者に行く時に、「穂村さん、きょうの信号機、いつもよりちょっと緑っぽいよね?」という歯医者には当たりたくない(笑)。そこではキチッと社会的な規範に即して欲しいわけで、だから我々の生は両義的なんです。

短歌と詩、俳句の相違。小説との相違

—— 「詩」という言葉が何度か出ましたが、詩歌系の文学と小説との相違、そして短歌についてうかがいたいと思います。こんなことは別に考えなくていいことなんですが、穂村さんのエッセイの読者はとてもたくさんいらっしゃると思うんですが、そのうち何割くらいの人が穂村さんの短歌を読んでいるだろうと思ってしまうんです。不躾な質問になりますが、ご自身ではそういうことは気になりませんか?

まったくならないとは言えないですが、ジャンルが何であれ、ぼくは同じことを書いていると思っていますから、受け止めてもらえるものはあると思います。ぼくの本にどなたかが感想をくださる時によくあるんだけど、「エッセイから入って申し訳ないが」とか「短歌を読んでいなくて申し訳ないが」みたいな一行が入るんです。そんなことは気にしなくてもいいし、なんでも読んでくれればありがたいのに、そういうエクスキューズをする方が多い。ただぼくとしては、そう書かれるとホッとする気持ちもあって、やはりどこかでワンダーに対する希求はちゃんとあるんだなと。それは自分自身のことを省みてもよくわかります。

—— これまで「小説を書きませんか?」というオファーはたくさんあったと推測します。書く気はないのですか?

いや、書く気がないんじゃなくて、ぼくの言語に対するイメージって、「ある一定の言葉の配列を読むと、読み終わったときにもれなくみんな身長が5cm伸びている」とか、そういうものなんです(笑)。お腹が減ってくる、とか。全員白髪になるとか、全員記憶喪失とかね。だってエロ本だと、みんな読み終わると勃起しているじゃないか、とかね(笑)。でもそれじゃ、なかなか小説になりません。

—— 非常に無知な質問なんですが、『短歌の友人』を読むと、若い歌人の歌がたくさん出てきます。その多くの歌が、五七五七七という音に乗せるにあたって、一つの単語や助詞、あるいは意味のまとまりのところで切れていなくて、最初なかなかうまく読み下せないということがあるんですが、あれは意図的にズラしているわけですか?

個々の歌人が言語と対峙する時にどうしてもそうなっていくということだと思いますが、一つには七五調というもの、五七五七七は戦争とリンクしたよ、ということがあります。もともと天皇制とリンクしているわけで、そもそも君が代が五七五七七じゃないかと。軍歌も演歌もそうです。現代歌人にはそこに忌避の感情があるのは間違いないですね。確かに塚本邦雄は、戦争を徹底的に憎悪したために、今おっしゃったように意味の区切れと言語の区切れをズラしました。

—— 今日の文芸の中心――あくまで読者数が多いというくらいの意味ですが――は、いうまでもなく小説です。小説と詩歌ではむろん形式がまったく違うんですが、あらためて穂村さんからその違いをどう把握されているかお聞きしたい。

これはあくまでぼくの捉え方ですが、神の作品と比べてどれだけ違うか、ということを考えるんです。例えば昆虫や花。それが神の作品だとしたら、「これ1人でデザインしたの? どれだけの才能なのよ」と思うわけです(笑)。神がデザイナーだったとして、造物主が作るものは途轍もない。それに対して、人間の詩歌はどんな大傑作も100分の4とか6とか。つまり100点満点で10点行かないと思うんです。ある意味すべて失敗作。対して小説というのは、人間のあいだで楽しもうということで、「おお、これは90点くらい行ってるんじゃねえの?」みたいなことになる。
だから「詩はわからない」「短歌がわからない」と人がいう時、その「わからなさ」は、神様の意図なんて誰にもわからないということとつながっているんじゃないか。しかし実は、我々はそういう神の意図を知りたいという気持ちを完全に無くしているわけじゃなくて、だから先ほど触れた「エッセイばかり読んですみません」という方は、あれはぼくに詫びているというより、自分自身の潜在的な希望に対する引け目なんだと思います。 

穂村弘の著作・2009/2008/2007年刊行分(児童書の翻訳を除く)その【2】

整形前夜
穂村弘
講談社随筆・エッセイ] 国内
2009.04  版型:B6
価格:1,470円(税込)
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人生問題集
春日武彦 穂村弘
角川書店思想・哲学・評論] 国内
2009.03  版型:B6
価格:1,785円(税込)
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にょっ記
穂村弘
文藝春秋文春文庫随筆・エッセイ] 国内
2009.03  版型:文庫
価格:520円(税込)
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