B.J.インタビュー vol.4 by Hojo Kazuhiro 2009/4/15 明治学院大学・四方田研究室にて
今年2月、『濃縮四方田』という未曾有の本が刊行された。同じ作者による、数えて100冊目の著作というだけでも滅多にない出来事だが、この100冊目、これまでの99冊すべてから抜粋し、著者自ら注釈を施したという「グレイテスト・ヒッツ」なのである。著者と併走してきた四方田ファンのみならず、古書店でも80年代の本がなかなか入手できない若い世代の読者にとって、この本の刊行は画期的な事件である。
著者の四方田犬彦さんにインタビューを試みた。
――(以下、北條一浩) 『濃縮四方田』を刊行するにあたって、これまでの全著作から抜粋し、注釈を施すということが行なわれたわけですが、抜粋にあたっての基準があったのかどうか、お聞かせください。
四方田 基準はありました。情報というものは古くなってしまうものだから、情報に還元できるものではなくて、私がものを考える際の立ち居振る舞いがクッキリと出ている所だけを集めていきたいと考えました。私はけっこう情報量の多い本を書いてきたつもりですが、今は情報が蔓延していて、情報ではないものこそ見つけなければいけないのに、なかなかそれが見つけられずにいる時代になっています。
それともう一つ、この本を作りたいと思った理由の一つに、昔の本がだいぶ入手困難になってきたという事情があります。いま、比較的入手しやすいのは40冊程度だと思います。私の本はなかなか古本屋に出ないと叱られてしまいましたが、『映像要理』(1984年刊)なんてあんな新書版の本が6千円の値段がついていると聞いて驚いてしまいました。ですから『濃縮四方田』では、80年代に出た本に割いている割合が高くなっています。
本というものは、どこかで書いておけば、世界中の人が読んでくれるだろうし、ずっとその本は残るだろうという確信を持っていた時代があったわけです。例えば聖書です。神様が「今は洪水だったけど、次は火だ」と言うと、もう全人類に刻印される。一度言ってしまえばいいのです。「あの時言ったではないか」と。それをみんなが記憶している。例えばパウロがエペソ人にこういう手紙を書いた、といえば、その書いたということはそれこそ岩に刻み付けられるような感じで絶対に亡びない。
日本でも、小説家は別として、批評家や哲学者といわれる人たちは、一度書いておいたら、それは末長くずっと読まれるであろうと安心していられたんです。おそらく先の太平洋戦争前まではそういう確信があったでしょう。だから西田幾多郎の本には、ほとんど重複がありません。
―― その場合の本は、いわゆる知識人に限らず、ということですか?
四方田 限らないと思います。『ジャガイモの作り方』という本を書いた人だってそう思っていたでしょう。ところが現代という時代は、一度書いて本になっても、書店の棚から2週間で消えちゃうわけですね。そしてしばらく経つと断裁されてしまう。そのあとはどうなるかわからない、Googleが世界中の書物をインターネットで読めるようにしようなんて言って問題になって、これは面白い試みだと思いますが、しかし現実に本は消えていって、消えてしまうと書いたものが記憶に残らないということです。どんなにインターネットでやろうが消えてしまう。
実は80年代まではまだ、「一度書いたものは残る」という認識は残っていました。そのことについてはもう書いたから、別のことを書こうというわけです。ところが90年代に入ると、私が書いたものを記憶している人がいなくなってしまったり、若い人は古い本を読んでいないですから、時々おかしな事が起きる。いちばんびっくりしたのは、ある大きな出版社の編集者が来て、「いま、韓国とかブームなんですけど、先生は韓国にいらしたことがありますか?」と。どう答えていいかわからず、「はあ、一応」と答えました(笑)。「それならぜひ、韓国について書き下ろしを」と言うので、『ソウルの風景』(岩波新書)を差し上げました。「これをお読みになって、まだ書かせたいことがあるとお考えでしたら、もう一度おいでください」と。彼は二度と来ませんでした。
つまり、編集者も読者も勉強していない。私がそれまで韓国の本を5冊書いているということをまったく知らずに、平気で依頼に来るという時代がついに来てしまったわけです。
このことは、その人個人が悪いというより、構造的に日本における知識の再配分の問題として、こうなってしまっているんだなと。その時、大切な事は、同じ事でも何度か書いておかなければいけないと思い直したわけです。一度書いてしまえばいいという時代は終わってしまった。一度書いただけでいいのは、それこそミシェル・フーコーとか、トップクラスのセレブだけです。
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