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ベストブック10&新人賞へ
●三浦 私が今年最もびっくりした小説として挙げたかったのは円城塔の『Boy's surface』です。円城さんは、いきなり早川書房に原稿をもち込んで、じゃあ出版しましょうということになったという、けっこうびっくりなデビューの仕方をした人。まあ、その後、文学界新人賞は取っていますけれども……(『オブ・ザ・ベースボール』文藝春秋)。
表題作は一読しただけではまったくそうとは思えませんが、一応、初恋の物語です。盲目の数学者アルフレッド・レフラーが主人公で、初恋の相手はフランシーヌ・フランスといいます。その二人が出会って、くっついて、そして別れていくという恋愛の流れにはなっているんですが、そのなかに構造物レフラー球の発見の話がさしはさまれながら物語が進行していきます。『博士の愛した数式』(新潮文庫)の数学理論がわからなかった私には、当然ここに書かれている理論も全然わからないんですけれども、この人の文章が、とっても心地いい。たぶん古川日出男さんの小説が好きな人っていうのは、古川さんの物言いが好きっていうところがあるのだと思います。それとまったく同じで、私は円城さんの物言いが好きなんですね。理論によって、だんだん混乱させられていっても、その混乱のなかにいる自分が気持ちいいという感じがあるんです。
次に挙げたいのは平野啓一郎さんの『決壊』です。これは選者のみなさんがどなたも挙げられなかったので、ちょっとショックだったんですが、私は、どきどきしながら読みました。たいへん怖い小説です。この物語には、いまの社会に蔓延している暴力が、ありとあらゆる形で描かれます。前半では、悪魔を名乗る殺人鬼がでてきて、その人が犯行声明つきのバラバラ遺体を世に晒します。被害者は、ごくごく普通のサラリーマンなんですけれども、その人の兄が犯人ではないかと疑われ、被害者の遺族であると同時に、容疑者であるという微妙な立場に置かれるのです。その後は、マスコミの暴力や警察の暴力、さらにリアルな暴力などがさしはさまれつつ、無差別殺人の連鎖が起こります。いまの社会をかなり投影した小説で、読んでいやーな気持ちになることは必定。でも、これを読んで何かを考えるというのは大事だと思いますので推挙させていただきます、はい。
●杉江 平野さんの前作が、『顔のない裸体たち』(新潮文庫)でしょ。あれって、出会い系サイトで知り合った男女がハメ撮り写真を撮っていて事件が起きるという内容でした。平野啓一郎さんがそういう小説を書くとは想定外だったので、とんでもなく驚いたんですけど、その衝撃が前にあったから『決壊』のときは心の準備ができていましたね。
●豊崎 同じインターネットとかね、そういうのもでてきますしね。
●吉田 仲良くハメ撮りしてるのに、事件が起きるわけ?
●杉江 最後の最後に「機械仕掛けの神」が降臨するんです。『顔のない裸体たち』は、コミカルな味があるのもよかったんですよね。不細工な男がネットでひっかけた女の人に無茶苦茶なことをするんですけど、次第にそれが彼女に対する愛なんじゃないかと勘違いするようになって、そのために悲劇を招くという。そういう話をコミックノベルとして書いているのがおもしろかった。
●豊崎 平野さんはね、きっと、『決壊』でドストエフスキーがやりたかったんですよ。
●杉江 え、ミステリー調の話ではあるけど、あれでドストエフスキーがやりたかったっていわれてもなあ……。
●豊崎 だって、ミステリーとして別に驚く点なんかないわけでしょ? だからドストエフスキー。
●三浦 たしかにミステリーとして驚く点は、ないですね。
●豊崎 いずれにせよ、『決壊』は『黒百合』よりはずっとましなんじゃないの?
●杉江 そんなことはないですよ! ぷんぷん。
●藤田 ……微妙(笑)。
●豊崎 いやいや、私『黒百合』否定派なので。なぜ否定なのかは、ネタばらしに関係してくるからいえないんだけれどさ。
●三浦 (笑)えっと、話をもどしていいですか?
最後に挙げるのは『茗荷谷の猫』です。これを書いた木内昇さんもまったく新人賞とか取ってないんですよね。ジャーナリストとして出発して、いろんな人のインタビューとかをやっていた。で、新撰組がお好きらしく、そういう系統の小説も書いています。この小説では、江戸から東京へと移りゆく100年の時間を採り上げています。いろんな古い街を転々としながらそれぞれの物語がリンクしていく、なかなか巧者なつくりです。例えば、最初のお話はソメイヨシノをつくった男が主人公で、本来だったらその掛け合わせの桜で一財産稼げるところを、花っていうのはそういうもんじゃないって、自分の手柄にもしない。ちょっとかっこいいところがある人物なんですね。その裏には妻への愛っていうのがもう一つ書かれていて、そういういろんな小さな出会いと、人の記憶やつながりが細々と100年の間に紡がれていくっていうようにまとめられている。とにかく、読んでいて、すごい気持ちのいい小説です。
●豊崎 三浦さんは次点でジャック・ロンドンの『火を熾す』を入れていますよね。なんで次点なのか、意味がわからない。
ご来場のみなさんにいいたいんですけど、ジャック・ロンドンをわかったと思ってる人は、これを読んだらいいですよ。びっくりしますから。全然古くない。たぶん『荒野の呼び声』くらいしかみんな読んでないと思うんですけれど、この『火を熾す』っていうのは、ヘミングウェイの最良の短編にも負けてません。表題作と「メキシコ人」と、それから「1枚のステーキ」、この3点だけでも、お金だしていいと思う。(『火を熾す』初版残りわずか・重版未定。書店で見つけたら迷わず買おう!)
●三浦 『火を熾す』は、すごい格好いい小説だと思います。ただ私、ポール・オースターの『幻影の書』をベスト10に入れたんですよね。それが同じ柴田元幸訳だったんで……。
●豊崎 あ、そっか。はい、じゃあ、次は吉田さん。吉田さんは挙げた5作のうち、3作もベスト10に残ったんだよね。
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