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書痴半代記

書物に魅入られた人間=書痴の半生と交遊録

岩佐東一郎
ウェッジウェッジ文庫随筆・エッセイ] [伝記] 国内
2009.04  版型:文庫
>>書籍情報のページへ
レビュワー/山本善行

新刊書店で、岩佐東一郎の名前に出会うのは、むずかしい。詩集や随筆集はことごとく絶版。それも最近の話ではないので、読書人の間でさえ、その名前を耳にすることが少なくなってしまった。思潮社の現代詩文庫に『高祖保詩集』が入ったとき、その研究編に岩佐東一郎の名前を見つけて喜んだことを思い出す。

書物に関する本を読んでいると知らない人の名前にぶつかる。あるいはまた友人と本の話をしていて、相手の言う人の名がわからないことがある。そんなことが繰り返されて私は岩佐東一郎に出会ったように思う。著作を読みたいと思い、新刊書店に探しに行っても見つからなかった。やっと出会えたのは、京都の古書店「文庫堂」でだった。表の箱のなかにひっそりと、随筆集『茶烟亭燈逸伝』があった。

それでは、岩佐東一郎とはいったい何者なのか。都合がいいことに、本書『書痴半代記』を読めば、うっすらとその姿が現れてくる。岩佐東一郎は、ここで本にまつわる思い出を語っているが、そのことで彼の半生をも描きだしているのだ。それほど書物が大きな場所をしめている一生だったと言える。

1905年、東京生まれ。まず、少年時の雑誌体験が語られる。片仮名を覚えて「フレンド」という絵雑誌を読み、平仮名を覚えて「幼年世界」などを読んだという。驚くのは、もうその当時から、雑誌を集め揃えて、友達に自慢したらしい。父親は染料商で、店が当時の有名な出版社「博文館」の近くだったので、店に行くのが楽しみだったと語る。当時東京では、一般書店や発行所では、本は定価より割り引いて売られていたという。1920年前後のことだろう。

立川文庫の話も当然出てくる。この年代の読書好きの思い出には必ず言及される立川文庫である。みなさん、子供のころ、枕元に置いて寝ているのが愛らしい。立川文庫は、今もときどき復刻本などを見ることがあるが、あの小さな一冊にどれほどの魅力があったのか、それは想像をこえるものだったのだろう。岩佐東一郎は、この章で、長谷川幸延の『玉田玉秀斎』という小説を紹介しているが、それは立川文庫の述者、雪花山人のことを書いたものだという。私は未読なので、ノートに書き留めて、探し出して読んでみたいと思った。さらりと書かれた一文がどれほど読書欲を刺激することか。岩佐東一郎の随筆にはそのようなひとことが多いように思う。

投書家仲間に、岩本和三郎の名前が挙げられている。書物展望社、文体社、双雅房という出版社で数々の美しい本を作った人である。岩佐少年は回覧雑誌からガリ版文芸誌を出すようになる。家に謄写版器具一式を買ってもらったというから本格的だ。

暁星中学のころ、堀口大学の弟子になる。そして堀口大学の紹介で日夏耿之介に会いにいく。日夏門下には、矢野目源一、最上純之介(平井功)、石川道雄、正岡容、城左門、青柳瑞穂などがいた。これらの若い詩人たちとの交流がさらに岩佐を文芸に近づけたのだろう。それぞれ、日夏の庇護のもと、詩集を出す、出したいという道に入っていった。
岩佐東一郎の第一詩集『ぷろむなあど』が出たのは、大正十二年のことで、百部の自費出版だった。日夏門下の友人たちと雑誌『東邦藝術』を発刊したり、正岡容がはじめた雑誌『開花草紙』の編集を手伝ったりする。

通った古本屋の話も面白い。戦時中の古本屋は、「買ってもらう」から「売ってやる」になり、ひどい状態だったと書いている。山王書房や大阪の天牛書店の話も興味深い。天牛書店ではどんな本でもハカリにかけて買い取りし、「はい大きに有難うさんで」とニコニコしていたという記述には、そうだろうそうだろうと納得した。

この『書痴半代記』には、タイトル作の他、「書痴交友録」「書痴漫筆」が収められている。「日本古書通信」に連載されたものが中心になってまとめられたのだが、城左門の序から取られた帯文、内堀弘の解説など、ウェッジ文庫のこだわりが感じられる。さてこれからウェッジ文庫はどこに向かうのだろう。岩佐の詩集や随筆集が再び新刊書店に並ぶということがあるのだろうか。そういうことも期待させる『書痴半代記』であった。

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